今年はご挨拶を控えさせていただきます。

昨年はようやく結婚式を挙げることができたので、年末年始はお世話になった皆さんにあらためて御礼のご挨拶ができると思っていたんですが、10月に父ががんで亡くなってしまったので、今年はご挨拶を控えさせていただきます。

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考えてみればうちの家庭はとてもイレギュラーで、10代の半ばごろから家族4人がバラバラの生活を送っていたので、「父」という存在も、「父親が死ぬ」という感覚も、通常とはかなりかけ離れているような気がします。
そもそもそんな状況であったため、彼が台湾の日勝生加賀屋で料理長をやっているということを知ったのも、行方の知れない父親の名前を定期的にGoogleで検索をかけていたときに、たまたま見つかったことがきっかけでした。
以来、紆余曲折あって、彼と連絡が取れるようになり、10数年のぶりのコミュニケーションができたわけですが、ようやく彼と面と向かって顔を合わすことができたのは、 2年ほど前に彼にがんが見つかり、仕事を辞め、日本に帰国することになった段階でした。

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ただ、幸福だったのは、そのときから彼とたくさん話をしながら日々を過ごせたことです。
特によかったのは、彼が一番大切にしていた「料理」の領域で話ができたこと。
僕もいくばくか料理関係のお仕事をさせてもらっている最中だったので、仕事の相談に乗ってもらい、時には彼の相談にも乗ることもできました。
お互いを理解し、その一方でスタンスの違いを指摘し合うこともできました。
小さい頃の僕からしたら、とても考えられない状況です。
そして、大人になって、これほどうれしかったことはありませんでした。
また、父の状況について、仕事をご一緒させていただいている 松嶋啓介 シェフに話をしたとき、「なんでもいいから親父さんにご飯つくってあげなよ」と言われ、挙句には「そういうコミュニケーションができないような人間なら、絶交だからな」とまで言われたこともあり、重い腰を上げて機会を見て、簡単な夕食をつくることもできました。
ただ、父はそのころは味がよくわからなくなっていて、妙に困惑した表情で食事をしてましたが。

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今日、彼と生活を共にした家の近所をあらためて歩くことにしました。
歩きながら、親父のことを書くと、きりがないな、と思いました。
でも、きりがないと感じながらも、それでも不意に彼のことが浮かび、迷惑をかけられたいくつものことを思い出しては苦笑し、一緒に暮らしたときのことを考えています。
人が死ぬというのは、こういうことなんだなと実感しています。

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…まったくもって、正月っぽい話でなくなってしまった。
どうしようもないので、結婚式の際に使った写真の中から、1993年の正月風景をアップします。
父が毎年仕事先でつくっていたおせち料理ですが、このときは愛犬のエルまでも一緒に混ざって料理を食べてます。
通常だったらこれが夫婦喧嘩の種になるはずなのに、このときばかりは父が面白がって写真を撮っている。
うちのにもこんな時代があったんだな。

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こんな感じですが、今年もよろしくお願いします。

コメント

Unknown さんの投稿…
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