2018年1月6日土曜日

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

毎年「お正月になったら、あれをやって、これをやって…」と計画こそするものの、その10分の1もこなすことができません。
クリスマスに奥さんに買ってもらったルーターとボトルカッターで鉢植えを作りたかったけど、それもできなかったし、溜まりに溜まった経費精算も少しずつ消化しなきゃと思ってたけど、手をつけることすらできなかった。
できたことと言えば、大掃除と御茶美の先生時代の同僚&元生徒たちとの忘年会。いずれにしても、毎年恒例の年末の大仕事という感じ。楽しかったです。
さて、そんなふうにお正月を過ごしていたところ、兄様から新しいチームメイトが生まれた、との連絡が。
ちょうど、大晦日に肺がんから回復しつつある父親と会って、なぜか彼が持っていた僕たち兄弟の小さい頃の写真を見せてもらっていたばかりだったので、「時間が経ったなあ」と一瞬思ったのだけれど、ちょっと時間を置いてみて、考えてみれば何も当時と変わってないかもねと思い直した。
ほらみてごらんよ、何も変わってない!
それにしても、これから何十年もかけて(僕たちのように)成長していくだろう子どもたちのことを考えると、すげえなあと思う反面、少しこわかったりもします。
それでも、きっとその恐怖は決して悪いことではない。
ビビりながらも手を伸ばして、健やかに育ってくださいな。
人が言うよりは悪くないぜ、生きてるってことは。
ようこそ、(くそみたいな)世界へ。

…ということで、本年もよろしくお願い致します。

2017年3月10日金曜日

トークイベント、出てきました。

 先日、いつもお仕事でご一緒させていただいているクリエイティブ会社のCONCENTさんからのお誘いで、トークイベントに出席させていただいた。
 テーマは、取材時における人との距離感について。
 一緒に登壇するのが、写真家・栗原論さん(@4×5)だったということもあり、「ライター、編集者、カメラマンと共通するテーマを」と思い、僕の方から提案をさせていただいた次第。

 
 で、イベント直前まで何を話そうか考えていたんだけど、自分が提案しておきながらなんなんだけど、すごく難しいテーマだった。「なんでこんなテーマ選んだんだろ」、と後悔すらした。
 要するに、取材時に必要な人との距離感というのは、「お互いいい塩梅の位置をとること」だと思うんだけど、実際の話、相手にも、そのときの取材の空気感にもかなりよるわけで……。


  と、いろいろ考えた挙句、たぶん現場での人との距離感で一番僕が大事にしているのは、「相手のことを好きになっておくこと」だろうな、と思った。なんか、生くさい言い方だけど。
 

 そもそも、初対面の、コミュニケーションを一切とったことのない人といきなりディープな話をしたり、写真を撮ったりするのってどちらもストレスが溜まるし、相手との距離感がわからないのに、いつも通りの感じの取材や撮影をやろうとしたら、相手をすごく傷つける場合もあるだろうな、と。
 つまり、僕たちは、話を聞くにせよ、写真を撮るにせよ、常に相手を傷つける可能性があることを仕事にしているわけです。
 そのことを常に意識するようにしているので、その可能性を取り去ることを考えると、僕の場合、一番手っ取り早いのが「好きになること」だな、と。


 だって、相手とのコミュニケーションで、自分のロジックだの、ものさしだのを振りかざすの、なんか怖いでしょ(クリエイターと名乗る人のなかには、こういう人、けっこういる。あんまり可愛くない)。取材前から意識的に相手に好感を持てるような状態に自分を持っていって、現場ではできるだけ相手の発言・行動を読み取って寄り添うようにして、そのセッションのなかで意思疎通できたもので距離感をはかるのがベストなんじゃないか、と。
 …って、このやり方、すごく時間がかかるし、面倒なんだけど。
 

 それでも、人を不用意に傷つけることより、断然マシだ。
 

「でも、この手の話って、編集とか撮影とかの仕事以外でも、どんな人間関係でも言えることよね。たとえば……」みたいな一般的な人間関係の話も、この後展開したかったのだけれど、イベントとしては時間切れ、という結果に。
 ……この後の話が面白かったんだけどなあ。自分の身を切るようなネタも口にするつもりだったのに。
 

 ともあれ、CONCENTさんにはこのような貴重な場を設けていただき、本当に感謝です。また、バタバタした状態だったのにもかかわらず、しっかり司会進行をしてくださったCONCENT石野さん、ありがとうございました。
 あとは、栗原さん。やっぱり振り返ってみても楽しいイベントだったので、またどこかで何かやりましょう。


 イベントのレポートについては、今回参加してもらっていたライターの西山くんがその場で記事にしてくれていたので、詳細が知りたい方は、そちらの方を。
 西山くん、うまくまとめてくれてありがとう。


 最後に、緊張のあまりお酒を飲み過ぎていて、ごめんなさい。
 そこまで酔っ払っていたわけじゃないと思うんだけど、顔真っ赤じゃん。恥ずかしい。


 

2017年1月1日日曜日

あけおめ、2017。

あけおめ、神田川。
そして、あけおめ、奥さんと銀次郎さん。
今年も何卒よろしくお願いします。



2016年9月25日日曜日

ミルコ・クロコップと編集長のこと。

RIZINのリングの上で、久々にミルコ・クロコップとヴァンダレイ・シウバが試合をすることになったという。
ミルコの完全復帰を予感させる完璧な勝利の後、高田本部長が往年の王者2人に試合を行う意思を確認すると、ミルコは「…ヤル」とだけ短く答え、ヴァンダレイは「ヤッテヤルー」とラテン系のノリ(にもかかわらず棒読み)を見せた。
東欧と南米の温度差——
これだけでも、思わず胸をぐっと締め付けられる思いがするのである。

*****

ミルコが前にヴァンダレイと戦ったのは、2006年の9月のこと(たしか、ミルコの誕生日だった)。
打たれすぎて血まみれになったヴァンダレイの顔をミルコの左ハイキックが捉え、完膚なきまでのKO勝ちだった。
PRIDEのなかでも屈指の名バウトである。

一方、そのときの僕はというと、いまでもよく思い出せないのだが、なぜか当時所属していた講談社の雑誌編集部の編集長と副編、先輩の編集者とともにその試合を会場で観ていた。
慣れない先輩たちとの時間ではあったものの、一方よく知った格闘技の会場ということもあって(もともとは格闘技雑誌にいたからね)、妙にまったりとした気分になっていたと思う。
すると、先ほどのKO劇。
刹那、編集長が急にテンションを上げて甲高く声を上げていた。
「こんな風に興奮する人なんだ」と感心するくらいの声の高さだった。

編集長は、会場を出てもなお興奮冷めやらぬ感じで「こんなに火照っちゃったら、肉を食いに行くしかない、肉!」と言って、帰り道、僕たちを赤羽のスタミナ苑に連れて行ってくれたのだった。
スタミナ苑で出された料理はどれもおいしくて、店のおじさんが「これは3秒で食べて!」みたいな感じで、特別メニューを次々と出してくれた。
お酒もおいしかった。
百年の孤独とか森伊蔵とか天使の誘惑とか、プレミアム焼酎と言われるものがじゃんじゃん出てきて、後半戦はすっかり酔っ払ってしまった。
最終的には、みんなでタクシーで帰ろうということで、音羽に向かったのだが、社に着く頃には僕はグロッキーになっていて、車を降りた瞬間、食べたものをすべて吐いてしまった。

血まみれのヴァンダレイと編集長の甲高い雄叫び、そしてむせかえるゲロの臭気——
ミルコの試合を目にするたびに、なぜかいつもその日のことを思い出す。

*****

先ほど、講談社の編集部時代の仲間からメッセージが飛んできて、すこしばかり世間話をした後、「そういえば、Hさん、亡くなったって」と言われた。
その編集長のことだった。
香港出張先で、くも膜下出血になったらしい。
詳しくはわからないが、来週には社にその知らせが貼り出されるだろう、とのことだった。
ミルコの試合を観て、あの甲高い声を思い出しながら苦笑していたところだった。
「確かにすごい試合だったけど、あんな声、ふつう出すか?」と思っていた。

雑誌が潰れて、社を出た後、たぶん一度も会うことはなかったと思うが、亡くなったと聞いて、妙な気持ちに落ち込む。
思い出せば恨みとかけっこうあるんだけど(特にギャラ面で)、なんかすべてが吹っ飛んでしまった。

死ぬのは、ずるいなあ。

そういえば、そんなこと前にもあったなと思ったら、やはりそのときも先輩のライターがくも膜下で亡くなったときだった。

死ぬのはずるいよ、やっぱり。

2014年2月27日木曜日

土足で上がり込む

ここ最近、ようやく自分が望んでいた人の記憶に関する仕事に触れる機会が多くなってきた。
でも、その一方で、自分や今の社会のニーズの物差しだけで、本当に隠れた記憶のようなものをオープンにして良いものなのか迷う瞬間がある。
すでに死んだ人であっても、他人に知られたくないエピソードのひとつやふたつはあるはず、である。それを楽観的な気分に任せて、土足で上がり込むような真似をしていいものなのか。
人と話すときに言葉を選ぶように、記憶と触れ合うときはそれなりの態度と節度が必要だろう。その資格のような何かを、自分は身に付けているのか。
そんなことを思っていると、自分自身が常に判断の岐路に立たされているようで非常に居心地が悪い。
「もしかしたら、知らなくていい情報というのも、やっぱりあるのかもしれない」と思いつつ、今日も原稿を書く手が止まっている。
まったくもって、良くない傾向である。

2014年2月9日日曜日

問題は、確かにない。



日常生活において絶対的な信頼を置いている某カバラ数秘術サイトの占い結果によると、28日の運勢は「すこぶる悪」く、「できることなら、家を出ないほうがいい」という。重い原稿を仕上げた後の週末である。そんなことを言われたら、完璧に引きこもりを決め込んで、家でじっとしている方がいいに決まっている…のだが、起き抜けにカーテンを開けてみたら、一面真っ白。ニュースの話では「20年ぶりの大雪」なのだとか。それだけで気持ちは多少むず痒くなってきたのだが、その感情には一切付き合わず、冷静にコーヒーを淹れ、簡単な食事を取り、仕事とは言えない程度の事務作業(これはこれで、けっこう溜まっている)を至って淡々とこなしていく。
その横では、いつもとは違う窓の風景に愛猫・銀次郎は興奮を覚えたらしく、ガラスの向こうで舞う粉雪に向かって手を伸ばしたり、噛みつこうとしたり、時には泣き吠え(猫なのに、彼はそういうこともする)たりしながら、とにかく外の雪に夢中になっている。
そっと背後から抱え込んで、「『猫はこたつで丸くなる』って、昔から言われてるんだけど?」と話し聞かせると、「(そんな昔の話)知らねえよ」と言わんばかりに目をそらして、またガラスに爪を立てようとする。
そんな余裕でいられるのは、部屋にストーブをつけて、温かくしているからなんだぜ、この馬鹿猫、と思いつつも、彼のテンションにあえて付き合わない。なんせ、僕の今日の運勢は「すこぶる悪い」のである。お静かに、お静かに、と今度は自分に言い聞かせて、とにもかくにも仕事、仕事…。

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本音を言えば、僕だって、外に出かけたい。
無邪気に雪合戦をしてみたり、ソリに乗り込んで「ひゃっほーい」と声をあげたり、すっかり冷え込んだ体を癒すようにぬくぬくとしたココアを飲み干したい。
考えてみれば、最後にそんな遊びをしたのは大学生の頃、である。あのときのように、深々と雪が降る夜の大学(母校ではない。地元の森の中にある、皇族の大学である)に忍び込んで、誰もいないテニスコートやら馬場やらの、誰も足跡をつけていない雪原にダイブを繰り返しながら、一日中どころか、一晩中過ごしていたい。ただ、あれからすでにひと回り以上時間が経っているわけだ。さすがに私有地の鉄柵を乗り越える勇気もないし、かつて一緒に乗り越えた仲間たちはすでに身近なところにはいない。

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思い切って外に出たのは、すでに夜の時間帯。
こんな深い雪の降る寒い日は、山形の実家で食べた懐かしい納豆汁を啜りながら、身も心もほくほくしていたいと思い、歩いて数十秒のスーパーに出かけることにした。
が、「あれ、納豆汁の材料って、何だっけ?」と思いめぐらして、マンションの敷地を一歩出た瞬間に足を滑らせて、大転倒である。思わず、誰もいない住宅街で、年甲斐もなく「きゃん」と声を出してしまう。運動不足、あな情けなし。

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そこで何かが吹っ切れたのか、部屋でハウスワインを飲み過ぎたのか、結局深夜になって「…やっぱ、写真だけ撮りに行こう」と思い、ようやく重い腰をあげて外に出る。踏みしめれば、雪の深さは踝上あたりまである。テンションが上がらない、わけがない。

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三脚を持ちつつ、近所を思う存分歩き回って、ようやく帰宅したのは午前1時。結局、ひとりで十数年前の遊びをひとりでやってきた格好になる。それでも気持ちは満足して、自宅に入ろうとしたところ、今度は建物の入口にあるマンホールに滑って大転倒、である。
入口が悪ければ、出口も悪い。先に打った右腿と、後で打った左膝をさすりながら、カバラ占いの結果を忘れていたのを今さら思い出し、それでも「問題ないや」と思えたのは、僕自身、東北の血が濃いから、なのか?


2014年1月24日金曜日

東京を離れる

春先に向けて、今、引っ越しを考えている。

そもそも、昨年秋に銀次郎(愛猫)が「ペットの飼育禁止」である自宅に来て以来、常に新居への引っ越しを考えていたのだけれど、年末を境にいろいろ予定が崩れてしまい、にっちもさっちもいかないまま、未だに漠然と早稲田に留まり続けている状況、なのである。

とはいえ猫は日に日に成長していくし、動き回る足音も数か月前とは比べものにならないぐらい大きくなっていく。しかも、身体の成長に比例するかのように鳴き声も次第に高くなっていくから、ペット禁止マンションに住む者としてはかなり肩身が狭い。できることなら、いち早くこのマンションを出たい…ところなのだが、問題は次に住む場所である。

願わくば、小さい頃からの夢だった目白台のヴィンテージマンション(谷崎潤一郎がノイローゼ気味の瀬戸内寂聴に弁当の差し入れをしたマンションだ)。でも、ペット可の物件はなさそうだから、やはり同じ時期に作られた春日の古いマンション(かつて安井かずみや加賀まりこが住んでいた、芸能人のたまり場だった場所)にするべきか。ただ、窓が北東についていて日当たりが悪そうなのと、室内に洗濯機が置けないのが少々痛い。ならば、いっそ東に離れて、浜町の川のほとりで歴史と対峙しながら、自分の原稿に集中するのも悪くない…けど、いい物件が全然見当たらない。

そんな風にして、毎晩の入稿後のささやかな時間を使って物件サイトとにらめっこをしているのだが、その挙句、そうか、すべてをゼロにしてしまって東京から離れてしまうのもいいかもしれないと考えるようになった。これまでにはない、新しい発想である。

都内との距離を考えるなら、生活のしやすい横浜あたりか。でも、山と海の両方が楽しい逗子あたりも捨てがたい。鎌倉あたりは…やっぱり、パス。生活環境は抜群だけど、四方八方が神社仏閣なのは、なんか怖い。

迷いに迷った挙句、重要なのは運気だろ!ということで、風水サイトを巡ってみるも、引っ越しの時期によって南北真逆の方向が出るから、全然あてにならず。これじゃ決め手も糞もない。

かつて熱狂した霊幻道士の道士様は、毎日の行動をすべて風水に照らし合わせて決定していたけど、あれでよく日常生活を送れてたよな、と今さら感心する。…いや、違う。逆だ。実際、毎度極悪キョンシーに絡まれて、大騒動に発展するわけだし。

どこに行けばいいのかなんて指針はないし、行ったところで何が起こるかわからないし、迷えば迷うほどバカを見るというのが世の中の常というもの。腹をくくれば前に進めるものですよと言い聞かせて、自分で自分の背中を押してみるも、刹那焦って、その場に立ち往生していたりする。目も当てられないほどの気の弱さに、我ながら辟易する想い…。

と、ここまで考えたところで、何よりも重要なのは引っ越しの資金だという事実に気づき、サッとネットのページをシャットアウト。

…現実に戻って、もう少し仕事をします。