問題は、確かにない。



日常生活において絶対的な信頼を置いている某カバラ数秘術サイトの占い結果によると、28日の運勢は「すこぶる悪」く、「できることなら、家を出ないほうがいい」という。重い原稿を仕上げた後の週末である。そんなことを言われたら、完璧に引きこもりを決め込んで、家でじっとしている方がいいに決まっている…のだが、起き抜けにカーテンを開けてみたら、一面真っ白。ニュースの話では「20年ぶりの大雪」なのだとか。それだけで気持ちは多少むず痒くなってきたのだが、その感情には一切付き合わず、冷静にコーヒーを淹れ、簡単な食事を取り、仕事とは言えない程度の事務作業(これはこれで、けっこう溜まっている)を至って淡々とこなしていく。
その横では、いつもとは違う窓の風景に愛猫・銀次郎は興奮を覚えたらしく、ガラスの向こうで舞う粉雪に向かって手を伸ばしたり、噛みつこうとしたり、時には泣き吠え(猫なのに、彼はそういうこともする)たりしながら、とにかく外の雪に夢中になっている。
そっと背後から抱え込んで、「『猫はこたつで丸くなる』って、昔から言われてるんだけど?」と話し聞かせると、「(そんな昔の話)知らねえよ」と言わんばかりに目をそらして、またガラスに爪を立てようとする。
そんな余裕でいられるのは、部屋にストーブをつけて、温かくしているからなんだぜ、この馬鹿猫、と思いつつも、彼のテンションにあえて付き合わない。なんせ、僕の今日の運勢は「すこぶる悪い」のである。お静かに、お静かに、と今度は自分に言い聞かせて、とにもかくにも仕事、仕事…。

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本音を言えば、僕だって、外に出かけたい。
無邪気に雪合戦をしてみたり、ソリに乗り込んで「ひゃっほーい」と声をあげたり、すっかり冷え込んだ体を癒すようにぬくぬくとしたココアを飲み干したい。
考えてみれば、最後にそんな遊びをしたのは大学生の頃、である。あのときのように、深々と雪が降る夜の大学(母校ではない。地元の森の中にある、皇族の大学である)に忍び込んで、誰もいないテニスコートやら馬場やらの、誰も足跡をつけていない雪原にダイブを繰り返しながら、一日中どころか、一晩中過ごしていたい。ただ、あれからすでにひと回り以上時間が経っているわけだ。さすがに私有地の鉄柵を乗り越える勇気もないし、かつて一緒に乗り越えた仲間たちはすでに身近なところにはいない。

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思い切って外に出たのは、すでに夜の時間帯。
こんな深い雪の降る寒い日は、山形の実家で食べた懐かしい納豆汁を啜りながら、身も心もほくほくしていたいと思い、歩いて数十秒のスーパーに出かけることにした。
が、「あれ、納豆汁の材料って、何だっけ?」と思いめぐらして、マンションの敷地を一歩出た瞬間に足を滑らせて、大転倒である。思わず、誰もいない住宅街で、年甲斐もなく「きゃん」と声を出してしまう。運動不足、あな情けなし。

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そこで何かが吹っ切れたのか、部屋でハウスワインを飲み過ぎたのか、結局深夜になって「…やっぱ、写真だけ撮りに行こう」と思い、ようやく重い腰をあげて外に出る。踏みしめれば、雪の深さは踝上あたりまである。テンションが上がらない、わけがない。

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三脚を持ちつつ、近所を思う存分歩き回って、ようやく帰宅したのは午前1時。結局、ひとりで十数年前の遊びをひとりでやってきた格好になる。それでも気持ちは満足して、自宅に入ろうとしたところ、今度は建物の入口にあるマンホールに滑って大転倒、である。
入口が悪ければ、出口も悪い。先に打った右腿と、後で打った左膝をさすりながら、カバラ占いの結果を忘れていたのを今さら思い出し、それでも「問題ないや」と思えたのは、僕自身、東北の血が濃いから、なのか?


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